ある病院に、ある噂が流れていた。それは、「死を目前に控えた末期の患者のもとに、願い事を一つだけ叶えてくれる黒衣の男が突然現れる」、というものだ。その男は「必殺仕事人」との呼称で伝わっていた。しかし、噂が流れて3年ほどすると、それはいつのまにか「黒衣の男」から「鼠色の作業着を着た掃除夫」となっていた。そして、その「掃除夫」こそ本作の「主人公」。主人公は死を控えた患者のもとを訪れては、大小さまざまな願い事を叶えていく。その願い事は軽い復讐劇から自身との決別を図るための小さなお使いまで、善意から生まれた患者ならではのはかない願い事だった。しかし、ある時、主人公は「黒衣の男」が必殺仕事人として現れだした、という噂を耳にする。主人公はその真偽を確かめるべく迅速に行動に移す。そして、黒衣の必殺仕事人が誰なのかを突き止める。その人物は「病院長の息子にあたる、留学帰りの医者」だった。主人公は必殺仕事人を降りようとするが、黒衣の仕事人が叶える願い事が、倫理的に見逃せない事柄であることも突き止め、全治を尽くして願い事が叶わないように行動する。はたして、主人公は最後の仕事を無事終えることが出来るのか―。
死を間際にした患者は善意に満ちた、いさぎよい願い事を主人公に伝える。はかない願い事ばかりで、それをテキパキと処理し、叶えていく主人公の姿に、小気味良い感覚を覚えた。ストレートに願い事が叶うことはなく、湾曲した叶え方が求められる事由ばかりで、それでも混乱しない主人公。少し冷たい感もあるが、仕事人としてはふさわしいなと思う。患者も悔いなく逝けるだろうと感じられた。主人公には好感を抱けて、このままハッピーエンドかな、と思ったが、さすがにそれはなく、最後の章で知力で知力に対抗する黒衣の仕事人との戦いが描かれている。黒衣の仕事人の叶えるもの、それは「死」を与えるというもの。死の恐怖に耐えられなくなった患者が、早期に死なせてほしいと依頼し、医療行為によって死を与える。それは個々の倫理観で大きく感情を揺るがせる。善悪を考慮しても、自分にはどちら仕事人が正しいのか、読み取ることはできない。ただ、死を願う患者にも、与える医者にも共感は持てない。読み終えた自分が抱いた感想は、「どちらの仕事人にも依頼したくない、死の恐怖を抱けるほどの充実した生き方をしたい、悔いなく逝けるよう、一瞬を大切に生きたい」という陳腐なものだったが、ほかの方はどうだろうか。倫理観の違いだと思うが、一人として同じ感想は抱かないだろう。本作を読んでよかった。
ゆうき
コメントをお書きください